私たちは日々の中で、
「正しい」「間違っている」
「良い」「悪い」
そんなふうに、なんとなく物事を判断しながら生きています。
この「良い・悪い」と判断することは、心理学などでは「ジャッジ」と呼ばれることもあります。
それは悪いことではありません。
これまでの経験の中で、
自分を守り、生きていくために自然と身についた反応でもあります。
けれど、
正しさだけにとらわれてしまうと、
自分を責めたり、人を責めたりして、
心が苦しくなってしまうことがあります。
「なんだか心が疲れやすい」
「気持ちが重たい」
そんなふうに感じることが増えているとしたら、
知らないうちに、
「正しい」「間違っている」と判断し続けて、
心が休めなくなっているのかもしれません。
判断が続くと、心は休みにくくなる
何かが起きるたびに、
「これは正しかったのかな」
「失敗だったのかな」
「相手が悪いのかな」
「私が悪いのかな」
そんなふうに答えを探し続けていると、
心はいつも何かを考え続ける状態になります。
そうして心が働き続けることで、
気づかないうちに、必要以上のエネルギーを使ってしまうこともあるのです。
そして、「正しさ」は、いつも一つとは限りません。
時代や立場、育ってきた環境が違えば、
「正しい」と感じることも少しずつ変わります。
だからこそ、
「正しい答え」を求め続けるほど、
知らないうちに自分を責めたり、
相手を責めたりしてしまうことがあります。
「正しくあらなければ」
「間違えてはいけない」
そんな思いが強くなるほど、
心は少しずつ余裕を失い、
自分自身を追い込んでしまうこともあるのです。
心が苦しくなった時、
「私は今、
正しい・間違っているという見方をしていないかな?」
そんなふうに、自分に問いかけてみる。
それだけで
心は少しずつ力を抜き始め、
余白が生まれていきます。
同じ出来事でも、受け取り方は違う
私たちは、
それぞれ違う経験を重ねながら生きています。
だから、
同じ出来事でも、
何とも思わない人もいれば、
深く傷つく人もいます。
それは、心の弱さではなく、経験からくる反応です。
心が疲れているときには、
相手に悪意がなくても、
言葉が強く刺さってしまうこともあります。
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心の状態によって、物事の見え方が変わることについては、こちらの記事でもお話ししています。
▶ 心の状態で見え方は変わる
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出来事そのものに
最初から「良い」「悪い」があるというよりも、
私たちは、それぞれの経験を通して、
何かを受け取っていくことがあります。
そんな見方もできるのかもしれません。
すぐに意味づけをしなくてもいい
何かが起きたとき、
「これは良かった。」
「これは悪かった。」
そう答えを出したくなることがあります。
けれど、
その意味は、その瞬間には分からないことも少なくありません。
時間が経ってから、
「あの出来事があったから今がある」
そう思える日が来ることもあります。
だから、
今すぐ結論を出さなくてもいい。
「そういう出来事があった」
まずは、その事実だけを置いておく。
そんな時間があってもいいのではないでしょうか。
感情が大きく動いたときは
もし強い感情が湧いてきたら、無理に落ち着こうとしなくても大丈夫です。
「私は今、こう感じているんだな。」
そう静かに受け止めてみてください。
怒り
悲しみ
悔しさ
不安
その奥には、
「大切にしたかったもの」
「守りたかったもの」
「言葉にならなかった想い」
そんなものが静かに隠れていることがあります。
その存在に気づくことも、
癒しへの一歩になることがあります。
「正しさ」から少し離れてみる
正しい答えを探すことよりも、
今の自分が何を感じているのかに耳を傾けてみる。
すると、これまで見えなかったものが見えてくることがあります。
自分の本当の気持ち
身体の感覚
言葉にならない違和感
答えを急がなくてもいい。
「私は今、こう感じているんだな。」
そう気づくだけでも、
心は少しずつ本来の静けさを思い出していきます。
自分に戻る時間として…
当サロンでは、
何かを正したり、変えたりすることを目的にはしていません。
頑張り続けてきた身体や心が少し力を抜き、
自分の感覚に戻っていけるような時間を大切にしています。
ただ、今の自分にそっと気づいていく。
そんな時間をご一緒できたらと思っています。
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